墓石の使える裏技!
じっさいに研究していると、このように「意図せざる結果」になることは、稀ならずあります。
また途中経過の一九九六年の報告では、大腸がんの発生率も統計的に意味のある差に下かっていたのに、予定通りの追跡調査を行った今回の論文では、もはや統計的な意味のある差はなくなってしまいました。
そのため、この研究一つでセレンのサプリメントのがん予防効果が確認されたと考えるのは適切ではありません。
あくまで、そうした「可能性」を示したものとして、留保して控えめに受けとめる必要があります。
しかし最近、この研究結果に基づいて、本当にセレンとビタミンE(いずれも抗酸化作用かおり、がん予防の可能性が考えられている)によって前立腺がんが予防できないかどうかを確かめるために、最初からそのことを目的とし九大規模な臨床試験が米国で始まっています。
結果がでるまでには数年以上かかると思いますが、この新しい研究によって、セレンの前立腺がんを中心としたがん予防効果が、将来認められる可能性はあります。
私たち研究者も、そうした結果を期待して待っているところです。
心臓病・脳卒中とサプリメントここまでは、がん予防とサプリメントについての話でした。
ここから、参考までに、心筋梗塞などの心臓病や脳卒中と、サプリメントについての、最近の研究状況を紹介します。
心筋梗塞や狭心症は、心臓の筋肉に血液を送る「冠動脈」が詰まるなどして生ずることから、合わせて「冠動脈疾患」と呼ばれます。
冠動脈疾患の原因の一つとして、「抗酸化仮説」が考えられています。
LDLコレステロール(悪玉コレステロール)が活性酸素によって酸化変性し、その変性したLDLコレステロールが動脈の血管壁に蓄積することで動脈硬化が進行し、冠動脈疾患の発生に結びつくという考え方です。
これはかなり広く受け入れられている、有力な仮説です。
そのため、ビタミンEをはじめとする抗酸化ビタミンをサプリメントとして飲めば、このLDLコレステロールの酸化変性を防いで、冠動脈疾患の予防ができるのではないかと期待されてきました。
じっさい、ビタミンEをはじめとする抗酸化ビタミンのサプリメントを飲んでもらって、心臓病の再発なり発生が予防できるかどうかという臨床試験が、これまでに何件か行われています。
初期の小規模な研究では、たしかに効果ありというデータもありました。
けれどもその後に報告された、一連の大規模な研究では、軒並み効果を否定するような成績がでています。
その一つが、英国の医学専門誌『ランセット』の二〇〇二年七月六日号に報告されていま す。
これは英国の六九の病院で行われた臨床試験です。
高脂血症に加えて冠動脈疾患、糖尿病、・ 高血圧などの既往のある、要するに心筋梗塞や狭心症のハイリスク群の人たちで、四〇~八○歳の男女二万五三六人を対象に行われました。
この人たちをランダムに二つのグループに分け、一方には抗酸化ビタミン剤、他方にはプラセボ(偽薬)を投与しました。
抗酸化ビタミンとしては、ビタミンE(一日六〇〇国際単位、または六〇〇ミリグラム相当)、ビタミンC(二五〇ミリグラム)、βIカロテン(二〇ミリグラム)の三種類を使い求しか。
抗酸化作用を持つ代表的なビタミンである、β‐カロテン、ビタミンC、ビタミンEの三種類を、同時に、しかも大量に投与したわけです。
ビタミン剤の投与は、五年間行い求しか。
まず三年後の時点で、ビタミンの血中濃度を調べてみました。
そうすると、β‐カロテンの血中濃度は、ビタミン投与群のほうが、プラセボ群の四倍も高くなっていました。
ビタミン剤を飲んだことで、β‐カロテンの血中濃度が、ビタミン剤を飲まないグループの四倍にも増えたのです。
同様に、ビタミンEの血中濃度は二倍に増え、ビタミンCの血中濃度は三〇パーセント増えました。
ビタミンCは水溶性で、余分に体内に取り入れた分は尿から排泄されてしまうため、それほど血中には残らないのですが、それでも三〇パーセント増えたわけです。
β-カロテンやビタミンEは油に溶けるため、血液中の脂質に溶けて蓄積されます。
その結果、血中濃度も非常に高くなるわけです。
続いて五年後の時点で、病気の発生率を比べてみました。
その結果を図表5-3に示します。
まず、心筋梗塞などの冠動脈疾患の発生率は、ビタミン群ではI〇・四パーセント、プラセボ群ではI〇・ニパーセントと、差かおりませんでした。
脳卒中の発生率も、ニグループとも五・〇パーセントと、まったく差がありませんでした。
がんの発生率は、ビタミン群が七・八パーセント、プラセボ群が八・〇パーセントで、これも差はなし。
あらゆる死因を合わせた総死亡率も、一四・一パーセントと一三・五パーセントで差はなし。
結局、病気の発生率や死亡率は、ビタミン剤を飲んだ群でも飲まない群でも差がないという、ネガティブな結果に終わってしまったわけです。
抗酸化物質が薬の作用を阻害する もう一つ、これと似た研究を紹介します。
『ニューイングランドージャーナルーオブーメディシン』の二〇〇一年一一月二九日号に報告された、米国とカナダの共同研究です。
この研究は、冠動脈疾患の既往があって、HDLコレステロール(善玉コレステロール)の血中濃度が低く、LDLコレステロールの血中濃度が正常という、やはり冠動脈疾患のハイリスク群の患者コハ○人を対象に行われた臨床試験です。
この患者をランダムに四つのグループに分けました。
●第一のグループ……コレステロール降下剤(シンバスクチン)と、ナイアシン(ビタミン 133、一日〇・五~ニグラム)のサプリメントを投与。
●第二のグループ……β-カロテン(一日二五ミリグラム)、ビタミンC(一日一〇〇〇ミ リグラム)、ビタミンE(一日八〇〇国際単位、または八〇〇ミリグラム相当)、セレン 二日一〇〇マイクログラム)という、四種類の抗酸化物質のみを、同時にサプリメント として投与。
・第三のグループ……コレステロール降下剤(およびナイアシン)と、四種類の抗酸化物質 をすべて併用して投与。
・第四のグループ……プーフセボだけを投与。
どのグループも、三年間にわたって投与を行い、薬剤を投与する前と後に心臓の冠動脈を撮影して、冠動脈がどのくらい狭くなっているか、その度合いを調べました。
まず第四のプラセボ群では、冠動脈の狭くなっている平均の度合いが、投与前の三四・五パーセントから投与後の三八・四八Iセントヘと、三・九パーセント悪化していました。
つまり、三年間のあいだに、それだけ冠動脈の狭窄が進行していたわけです。
これに対して、コレステロール降下剤とナイアシンだけを飲んだ第一のグループでは、この狭窄の度合いが〇・四パーセント改善していました。
ところが、四種類の抗酸化物質だけを飲んだ第二のグループでは、狭窄の度合いは改善せず、むしろI・八パーセント悪化していました。
コレステロール降下剤と抗酸化物質を両方飲んだ第三のグループでも、〇・七パーセントの悪化でした。
つまり冠動脈の狭窄は、コレステロール降下剤を飲んだ第一のグループでは改善したけれど、抗酸化物質のサプリメントを飲んだ第二のグループでは、改善しないでむしろ悪化する傾向を認めました。
しかも両者を併用すると、抗酸化物質のサプリメントによって、コレステロール降下剤の効果が弱められる結果になってしまいました。
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